生まれて初めて心から愛しいと思えた人。
愛しくて、愛しくて、その人のためなら自分の命さえ厭わないと思う相手。


そんな大切な人が今、
たった一人の親友の腕の中で、瀕死の状態にある……






「……ア……レン……」







緊迫した空気が漂う中、
ティキの腕の中にいたアレンが、鈍い唸り声を上げて目を覚ました。



「……うっ……ぐっぅ……うぅ……」



蒼白い顔色は既に生気を失い、
全身に毒が回ったのか、皮膚が紫斑状にどす黒く変化していた。



「アレンっっ!!」



すぐ近くから聞こえる恋人の悲痛な叫びに、
アレンはようやくの思いで、その瞳を開ける。



「……ユ……ウっ……?!」



一声発しただけで、喉が焼け付くように痛む……
肺に酸素を取り込もうと息をする度に、
胸の中から得体の知れない温かい何かが
身体の中を逆流するかのように込み上げて来た。



「……うっっ……ぐはっ……!」
「アレン! しっかりするんだっ!!」



アレンは口から大量の血を吐き出すと、苦しそうに胸元を掻き毟る。
朦朧とする意識の中、自分を支えているのがあのティキで、
向こう側に対峙してユウが血相を変えているのがわかる。
状況から察するに、自分がこの恋敵に毒を盛られたことは明らかだ。



『……そんなにもユウが好きだった? 僕を殺したいほど……?』



声にならない苦しい瞳でティキを見上げると、
見つめ返す瞳は暗く哀しく、深淵の闇を思わせるように冷たく光った。



「わりぃな……すべてはお前の愛しいユウのためだ。
 いさぎよ
 潔く死んでくれ……」



……ユウのため?
自分が死んで本当に愛しい恋人のためになるというのなら、
喜んで死んでやろう。


だが自分が死んで、この憎らしい恋敵がまんじりと後釜に座るというのなら、
それはそれで話が違う。
ユウが他の誰かと…そう考えただけで、
嫉妬の焔で焼き尽くされてしまいそうになる。
意地でも死んでやるもんかと、アレンはティキを睨み返した。



「……ほぅ……まだそんな元気があるんだ。
 元気な少年だな。
 けど、どっちみちお前は終わりだよ?
 毒がお前の命をどんどん食い尽くすからな。
 ……ほぉら……苦しいだろ?  痛いだろう?
 綺麗な肌も少しずつ溶けてきてる。
 目の前の愛しい恋人にお願いしたらどうだい?
 もう耐えられない……いっそひと思いに殺してください…ってな……」
「……ぐっぅっ……!」
「アレンっっ!」



ティキの言葉どおり、毒を注入された左半身は既に皮膚が溶け出し、
見るも無残な姿になってきている。
左手に至っては赤く焼け爛れたように肉が露出し、まるでバケモノのようだ。
痛みより、苦しさより、
アレンにはそんな醜い姿を恋人に晒している事の方が苦痛だった。



「……ユ……ゥ……みな…ぃ…で……
 ……いゃ……だっ……!」
「くそっ! ティキ、何とかしろっ!
 お前なら解毒剤ぐらい持ってるはずだろ!
 お前が望むなら……俺を命ごとくれてやる!!
 だからっ…だから…アレンをっっ!……アレンだけはっ!」



苦悩に歪むユウの額に大粒の汗が滲む。
今更解毒剤をアレンに与えたところで、助かるとは到底思えなかった。
以前ティキが同じ毒を盛った相手が、
それは悲惨な状態で息絶えたのを、ユウは覚えていたからだ。
万が一アレンが命を永らえたとしても、身体に致命傷は残るだろう。
神経を侵され、正気でいられるかどうかさえ危うい。



……アレン……お前を失うぐらいなら……いっそ……



ギリリと噛んだ唇から、うっすらと血が滲む。
アレンと出会う前の空虚な生活。
あの日々に戻ることなど、今の神田には耐え難い苦しみだった。



「ティキ……お前はどうやら大きな誤算をしたみたいだな……
 今まで大切なものも、守りたいと思う者も、
 愛しいと思う存在さえいなかった俺だ……
 そんな俺からアレンを奪うというのがどういうことなのか、
 馬鹿なお前でも、考えりゃ解かりそうなモンだったのにな……」
「……ユウ……?」
「……お前は大切な友だ。
 だが、それ以上に今の俺には……ソイツが必要なんだよ……」



ユウは唇の端をにわかに上げると、
片手を天めがけて大きく振り上げた。





──偉大なる我が主、全知全能の神よ!
   我が名と我が命をもって、この剣の全てを封印する!───





ユウが翳した手に、蒼白い炎を宿した聖剣が姿を現す。
そして、その剣の先を相手に向けて威嚇したかと思いきや、
今度は勢い良くその剣を、己の心臓めがけて付き刺したのだった。



「……ユっ……ユウっっ!!!」
「……ユウ!!」


二人が驚いたのも束の間、
ユウは口から大量の血を吐き、その場に崩れ落ちた。



「やっ、やだぁ……!! ……ユウっっ!!」
「何てことするんだっっ!  この馬鹿野郎っっ!!!」



駆け寄って涙を流す親友に向かって、
ユウは軽く微笑んだ。



「……今なら……お前の気持ちが……わかる気がする……
 最後まで応えられなくて……すまな……い……」



アレンを愛して初めて悟った、人を愛するという気持ち。
その人の為なら、悪魔に魂を売り渡しても構わないとさえ思ってしまう感情。
幼い頃からずっと傍に居てくれたかけがいのない友人…
…たったひとりのともだち。
そんなティキが自分に抱いていた想い。
それが、今ならユウにも理解できる。



「……この……大バカ……やろうっ……」



血まみれのユウの頭をひざの上に乗せながら
ティキは大粒の涙を幾重にも流す。
その涙を頬に受けながら、ユウは愛しいアレンの姿を捜し求めた。



「……ア……レン……
 お前は……生き……ろ…………愛して……る……」



ぼやける視界の先に愛しい恋人の姿を捉えては、
最後の言葉を呟く。
向こうに倒れこみながら、自分の方へと懸命に手を伸ばすアレンに
ユウは至福の笑みを浮かべながらゆっくりと瞳を閉じた。


ユウの身体を貫いた聖剣が、その命の灯火と共に力を失っていく。







「……ユ……ウっ……!」








最後の力を振り絞り、這い蹲りながらユウの元へ辿り着いたアレンは、
皮膚が溶け落ち、感覚さえも残っていない掌で
必死に恋人の手を握った。


そして、その傍らで泣き崩れるティキに向かって微かな笑みを漏らすと、
幸せそうな表情で力尽きた……












――――神よ……願わくば、この命と引き換えに、愛しい人を救い給え……











ユウがその護人としての命をかけて剣を封印したことで、
聖件は力を失いただの鉄屑と化していた。
今更そんな剣を地獄に持参したところで、ルシフェルは喜びもしないだろう。


そして何より、ティキにとっての最大の目的であったユウが
今はもう居ない。
それこそ本末転倒……何の意味も無い。
ティキは今まで自分がしてきたことの愚かさに、ただ、ただ、呆然としていた。







すると、天から一筋の光が差し込み、
ユウとアレン、二人の身体を照らし出す。
その眩いばかりの光に、ティキは目を細めた。







―――― 汝らの願い、聞き届けよう ――――







それはまさしく神の声。
全ての命の源となる光だった。


ユウはアレンの命を望み、アレンはユウの命を望んだ。
その願いが神に届き、神は愛しい我が子らにこう言葉を授けたのだ。


下界へ降り、再び、我がために悪魔と戦え。
そして聖なるイノセンスの欠片を集め、再び此処へ戻れ……と。


下界へ転生するという事は、天界での記憶を一時的に全て失うということ。
それでも互いの魂が同じ世界に居られるなら、それで構わない。












ユウとアレンは薄れゆく記憶の中、互いの手を握り合っていた。





『ねぇ、下界へ行ってもまた逢えるんでしょうか?』
『あぁ、きっと逢える』
『そしたら、また僕のこと好きになってくれますか?』
『ああ、絶対だ』
『ホントにホント、約束ですよ?』
『ああ、約束だ』
『僕は……ずっとキミだけを愛してますから……』
『…………あぁ…………』





アレンの真っ白な笑顔だけが、いつまでもユウの脳裏に焼きついていた。
不思議とそれだけは、瞼を閉じても浮かび上がる。
記憶を失っても、いつか必ずアレンを探し出す。
そして必ず守り抜く。
薄れ行く意識の中で、ユウはそう強く心に誓った。










数ヵ月後、神の計らいで黒髪と剣を常とする国に生まれついた彼は、
「神田ユウ」と称して、数年後エクソシストの任に就く。
神に与えられし剣・六幻との契約印を大きくその胸に刻み込んで。


























ルシフェルと通じその誘惑に負けてしまったティキは、
すぐに天界を追放された。


何の手土産も持たず、ルシフェルの元へと下った彼は、
自らこう望む。
下界へ転生し、神の使途と戦いたい……と。


それが自分の愛した者との別離を意味するとしても、
敢てその道を選んだのは、おそらく愛しい者への執着だったのだろう。
下界へ行くという事は、今までの全てを無くすこと。
それでも構わない。
再びユウに会うために、そして剣を交えるために。
ティキは己の力を黒い蝶に変え、
愛しい相手の血を、一滴残らずこの手に入れようと強く願っていた。












それぞれの想いを時空に乗せて、
運命は駆け巡る。


再び巡り会い、
愛しい相手をその手に抱く
その日まで……













                                     

                                   
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≪あとがき≫

ようやく天界編終了です(*_*)
話はこれから現世へと移り、神田とアレンの話に戻ります(〃⌒ー⌒〃)ゞ
さて、ようやく現世で巡り合ったというのに、いがみ合いの続くふたり。
これからどうなってしまうのでしょう??
続きをお楽しみにしていらしてくださいませ(=^▽^=)



                                  
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〜天使たちの紡ぐ夢〜   Act.11